違う文化に生きる人は、違うものの見方、考え方をしているのではないか…。仕事や留学などで西洋社会での生活を経験した人なら誰しも、こうした思いを抱いたことがあるのではないでしょうか。
たとえば、アメリカの学校では、授業中に進んで自らの意見を述べることが非常に重要で、発言の少ない生徒はしばしば授業内容を理解できていないとみなされてしまいます。また、アメリカは個人の選択を非常に重んじる国でもあります。訪問先の家庭で食事や飲み物の希望を聞かれたら他者とは異なる自分の選択を明確に告げるのが普通であり、「おまかせします」、「お気遣いなく」などと言おうものなら、ホストに怪訝な顔をされてしまうでしょう。異文化に触れることによって感じるこうした小さな違和感は、枚挙にいとまがありません。
人は、知らず知らずのうちに、自らが身を置く社会の慣習をあたりまえで唯一の「常識」として認識し、別の社会には自分たちと異なったものの見方、考え方があることを忘れてしまいます。しかし、私たちが生きるこの世界には多様な文化をもつ社会があり、人々の考え方もさまざまに異なっています。人や情報が国境を越えて行き交う現代において、そうした差異に思いを馳せることは極めて重要な意味を持っています。
とはいえ、比較対象となる社会に対して、単に文化A、文化B(たとえば個人主義文化、集団主義文化)といったラベル付けを行うだけでは、心の社会・文化的起源を十分に理解することはできないでしょう。より重要なのは、特定の社会(時代、地域、集団)に身を置く人々の間に、特定の心理・行動傾向が共有・維持されるメカニズム、すなわち「いかなる動的(ダイナミック)なプロセスを経て、ある社会の環境とそこに身を置く人々の間に、ひとつの定常(均衡)状態が導かれたのか」という問題です。そしてその定常状態こそが、文化と呼ぶべきものだと考えられます。私たちの研究室は、こうした問題意識に基づき、人の心理や行動の傾向が、その人を取り巻く多種多様な環境との関わり合いの中でいかにして形成され、維持されていくかを探究しています。
ここで焦点を当てる社会とは、国や民族といった大きなレベルのものに限りません。どのようなレベルであれ、人が周囲の人々と何らかの関係性をもつとき、そこに文化が生まれます。家族や学校、企業組織や地域コミュニティといった種々の社会集団、さらにはコンサートやスポーツの会場にたまたま居合わせた観客のような、ゆるやかであいまいな集まりに至るまで…。当研究室では、こうしたさまざまな規模の集合体を研究対象としています。比較的小規模で人の入れ替わりが頻繁に行われる集合体を対象とした場合、環境と個人の相互規定プロセスが見えやすく、理論化の助けになるという利点があります。また、こうした種々の集合体に目を向けることによって、同じ個人がさまざまな環境に多層的に身を置き、文脈に応じて異なる心理・行動傾向を生起させる可能性について、検討することができます。
また、当研究室では、質的研究と量的研究を両輪としたマルチメソッド・アプローチを積極的に採用しています。具体的には、現場研究(フィールドワーク)を通じて、ひとつの現場で特定の共有信念や規範、人間関係が生成・維持される動的なプロセスを見極める試みを続けています。そしてまた、現場研究を通じて生成された仮説を、実験・調査計画に載せることでミニマルな理論モデルとして整備し、有用性を高めていくことをも目指しています。